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MASAHIKO SATOH RANDOOGA / まほろば CD
¥2,500
SOLD OUT
佐藤允彦と言えば、70年代のジャズを探っていくと必ずぶち当たるピアニストだと思います。バークリー音楽大でジャズを学び、その後、数々の国内外の音楽家たちと競作を行うわけですが、フリージャズから現代音楽、ジャズファンクからミニマルミュージックまで、ジャズを起点に広範囲にて自らの音楽を作ってきたジャズピアニストだと感じます。 そんな佐藤允彦の93年作。 こちらは何とも氏のレアグルーヴ作品なんかとは別枠で聴かなければならない作品のように思えます。 日本にも到来したワールドミュージックブームにぶち当たる今作は現在注目される日本の音楽家たちが陣営を固めているところがまた良いわけで。 このワールドミュージックブームは、ここ日本だけのブームではなく、世界中で驚かれた事実が共有されたインターネット接続前の良い風景。世界各国の音楽レーベルや音楽家の動きがグローバリズムと共に旧世界の超絶世界が動き出した瞬間。 日本では西武グループが仕掛けた策略であり、ここ日本においても、この流れから注目され、未だ生き続けている民謡や音頭なども数知れず。 それは白人社会が作り上げた音楽世界だけではなく、それ以外に広がる、広大な文化や歴史を通して見える、多様性をロックやジャズへと再構築が成された時間であり、研究者でもあった音楽家たちが70年代の終わりには薄ら見えていたであろう第三世界や第四世界に密かに脈打っていた未来音楽が現実へと姿を現し始めた時間。 今作は民族音楽、フリージャズ、チンドンに音頭、実験音楽などの要素が技巧を通して、それはまるでリズムが編まれていくような過程を聴いていくような宇宙。 ウェザーリポートより断然おもろいことをやっている、超絶演奏と独自ワールドミュージックをつら抜く一曲目"武州狩声節"の裏打ちでユラユラ揺れるシンセサイザーに各自唸る民族楽器類の混血がこれまた凄い。 ピアノとシンセはもちろん佐藤允彦で、今や海外人気の方が高いのではと思ってしまう、マリンバの高田みどりに、先日天国へ行った、坂本龍一などとの競作も素晴らしいYAS-KAZが参加。 きっちり当時のワールドミュージックしているところが良く、アーバンなムードまで兼ね揃えている独自の音がコンポステラなどが提示した硬派なクレズマー音楽論などとはまた違った、商業的な立場からの追求を行っているところが良いわけで。 何次元もの世界線が同時に鳴り、その鳴りはひとつの音楽として建つ世界線は、なんともこの惑星に住む生き物の如く、幻想と化したグローバリズムの理想系を音で表しているようでいて、当時の死の香りがした大都会の孤独をも浮き彫りにする楽曲群は白眉。 篠田昌已が率いたコンポステラの作品群が出たほぼ同時期、90年初頭にこれだけの音を出す音楽家たちが同じ街にひしめき合っていたことがよくわかる録音物で、追求はコマーシャルにはなれず、各自音楽家が本物を追求した瞬間が90年初頭の東京界隈の音の集まる場所にて鳴らされた、まだ"表現"が生きていたことを証明する、重要な録音作品。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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the brand new heavies / never stop CD
¥1,600
"acid jazz"はDJ文化から構築された音楽スタイルであり、そこでプレイされるジャズやファンクといった黒人音楽の創作者と同じ目線にて鳴らされた現象だったように思います。 ブリストルの音楽やシャーデーなどの出現にシャカタクなど、そう考えるとイギリスではこの手のジャズ復興は同時多発的に起こっていたように思えたり。 ここでジャイルス含め、オタク文化の香りがするのも、オーセンティックなジャズ愛好家から毛嫌いされていたジャズファンクやクロスオーバージャズにフュージョンといった、いわゆるモダンジャズ派とは違った、新しい音楽スタイルを再復興させ、クラブで踊った音楽愛好家たちが自ら演奏者となり、先駆者たちの音を再構築かつ生演奏を通して、身体的な刺激へと変えて行った流れは特に90年代の若者が求めていたことが丸々詰め込まれた娯楽だったように感じます。 今作ではthe brand new heaviesという現象をいち早くアメリカやイギリスなどに知らしめた力作であり、acid jazzの総本山、トーキングラウドより先にこのムーブメントの存在をアピールした重要作。特にオタク感むき出しなのも、ボーカル以外の演奏部分はジャズファンクの愛情に溢れており、レコードから鳴り響いた音楽に味付けなく、生演奏と先端のマシンを使い、素材そのままを現行の録音環境にて楽しむマニアックな音像にはクラブミュージックフリークたちもそのストイックな世界に唖然となるぐらいに本格的な音を鳴らしていたことが、今でもタイムレスに響く理由だと思います。 acid jazzの音楽群はその後の90年代ヒップホップやフューチャージャズといった一番に香ばしい音楽の基礎的な形を形成しているように感じます。特に今作の"Stay This Way"なんかジャミロクワイそのまんまなのも面白い。 ここには知の巨人の知性とハウスから受け継がれたオーディオ的、音響体験としてのダンスミュージックの概念が合わさり、それは現在地点にて、その時でしかない絶対的な若さの上にて理想的な音で"ジャズ"が鳴っているといった状況が必要不可欠。 この方法論はいつの時代も有効な発明であり、チカーノソウルなどのムーブメントもまさにこの手法のサンプリングだと感じます。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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福富幸宏 / Love Vibes CD
¥2,300
ここ日本においてハウスミュージックをいち早く評論と創作の両刀にて、日本に伝承した重要人物のひとりとしてあげたいのが福富幸宏だと思います。 ハードコアバンド、ソドムのメンバーとして活動後、ソロ名義にてハウス作品を展開しており、90年代から現代まで、日本のポップス史のコニープランクとでも言いたい、ハウスのビートやベース(303使い)の概念をサラリとJ-POPSへと入れ込むプロデュースワークスは怪作多し。 豊田道倫の唯一のメジャー作や、小西康陽の作品群など素晴らしいプロデュースワークスが多いように感じます。 現地に行って活動していた富家哲やテイトウワなども重要ですが、同じハウスでも島国から出ず、日本の中だけで築きあげたハウスやテクノ、もう少し大きな枠組みで言えば、"90年代音楽文化"を中だけで構築した結果が日本の音楽のオリジナリティと熱気へと繋がっているように思ったり。 ルーツ思考が強めの音楽専門誌"ミュージックマガジン"でのハウスミュージックについて福富幸宏が書いた文章を読んでいると、ハウスミュージックの造詣が深いことがしっかりわかるわけで。 奈良のレーベルprivacyから2024年に004番としてリリースされた、滋賀のハウス職人、Takecha氏の"sound colors"に付属するライナーノーツによれば"ラリーハード作品を知ったのは福富幸宏が雑誌で紹介していて知った"と書かれてあるわけで。 福富幸宏が伝承したハウスミュージックの影響は大きかったと思います。 ジャパニーズハウスはもうひとつのジャンルとして確立されているところもありますが、寺田創一や横田信一郎しかり、デトロイトやシカゴにはなかった、ukのベッドルームでもない、コンパクトでスムースな独自路線の日本家屋が今聴くとオリジナリティであり、その住み心地は現行の若者たち、音楽を作る者たちとのシンクロ率が高いように思えたり。 今作は福富幸宏にとってのソロ1stであり、後に海外からの逆輸入のようにやってくる、マニアックラブなどの流れでもあるテクノとは違った、手探りのハウスが聴けるところがミソで、ニューウェーブ、ニューエイジなりの音楽とマシンミュージック、ブラックな街の音との邂逅が聴ける名作。 ハウスを用いてハウスを作ろうとしていなかった作曲家の作品群がやっぱり良い音を作っていると今作を聴いても感じます。 ラリーハードやニューヨークハウスのエッセンスがムンムンな楽曲に、海外を飛び越えずして、ニューウェーブやニューエイジからのダンストラックスへの混合実験がなんとも、ukのレイブカルチャーから生まれたブリープテクノ(こちらも根源はシカゴやデトロイトテクノ)と同じ地平を描いているような楽曲群がメジャーレーベルに残されていたことに驚いてしまいます。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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上田まり / coronet CD
¥2,000
上田まりの00年に出た第三作目。 この後シングルが1枚出ていますが、アルバムとしてはこれ以降リリースが無いので最終章。 今作からPro Toolsの文言などが見受けられるところを見ると、この時代からDTMが登場してくることがわかるように、前作とはまるで違った音響空間にて鳴らされる上田まりの世界線が聴ける作品。 この後、日本でも音響派やエレクトロニカ勢が旋風を巻き起こすことを考えるとリアルタイムにて先端の技術が使われていたことがわかるわけで。Radioheadのkid Aとリリース同年というのもまた色々と見えてきます。 椎名林檎の初カバー作品でもある、DTM環境にて作り上げたことがわかる実験作、"唄ひ手冥利〜其ノ壱〜"にてプログラミング、編曲などを担当していた、森俊之と井上うにが全面バックアップしている影響が大きく、Pro Toolsを駆使したPOPS世界は楽器を演奏する概念よりも細部を強調した、まさに"音響"を個人が自由自在に操る、スタジオを楽器とした初期の音が聴こえてきます。 今作の3年後03年に作られた椎名林檎の名作、"加爾基 精液 栗ノ花"のプロト作品でもある、02年制作の椎名式ダークサイドカバー集が裏であれば、今作は上田式サニーサイドな表的プロトタイプとして、このようなPOPフィールドにて表裏実験が繰り広げられたと考えるとなんともゾワゾワします。 処女作から参加の亀田誠治陣営が本格的に入り込んできたことによって、処女作から舵を切ってきたプロデューサー、江口信夫色は薄くなっており、より混沌としたエレクトロニカ的世界を構築しているところが最高。 DTMの導入はここ日本の音楽環境において意外に世界的にみてもかなり早いわけであって、ダンスミュージックの系譜でない方向からそれは推し進められたように、フィッシュマンズの空中キャンプからの世田谷三部作ではPro Toolsを使用していたことは有名な話であり、これが96年の話しであって、アメリカの音響派バンドの代表格、トータスがPro Toolsを楽器として鳴らした"TNT"は98年作なので、それよりもっと早い段階から、日本のポップフィールドではPro Toolsでの創作が行われていた事実は忘れてはならないと感じます。 森俊之はブラックミュージックが持っていた魅力を完全にわかっていた音楽家であって、あちら側の90年代ヒップホップマナーに忠実なエンジニアでいて、SP-1200の使い手であることは有名ですが、坂本龍一のスウィートリベンジでのリミックスや、その後のSmoochyでの制作において大きな変化があったに違いないとみているのも、椎名林檎のカバー集の"君を愛す"での仕事などを聴いていると、ヒップホップという小さな枠組みを超え、教授サイドの音作りへと移行していることは明確だと感じます。 本アルバムの中でも重要なのが、亀田誠治が編曲を行う、待ちわびた休日(reprise)で、この手法は後の00年代のJ-POPSと言って良いスタイルが00年初頭で完成していたことがわかる歴史的資料。 ロック要素をうまく利用して(旧来の形をとりながら)テクノやエレクトロニカサウンドを違和感無く鳴らされる楽曲は後のJ-POPSのロック勢の音となっていくわけです。 これまで上田まりサウンドの基盤となっていたシティーポップスにエレクトロニカのような音響世界が入り混じり、なんとも浜崎あゆみ調のボーカルスタイルが少し入ってくるのも気になるところで、明らかに1stと比べるとビジュアル面に関しても大きく変貌しており、癒し系シティー派だったところが三年にて"戦う大人の女性"を想起させるビジュアルとなっているのも、この00年代を象徴する光景だと思えます。 なぜここから活動が休止しているのかはなんとも計り知れないわけなのですが、上田まり3部作は日本のPOPS史の中においても、激動の過渡期的3年のなかにてリリースされていたことがなんとも裏の聴きどころだと感じます。 次なる革新的な音をどう産業に乗せ、スタイルを作ろうかと真剣に音楽業界全体が考えた年代のように思えるわけです。 本当にこれから自分たちで作り上げて行かなければならなくなった前夜から、そこからの始まりの道のりは音楽業界全体が何か新しいPOPSの領域へと向かう、音の試行錯誤が聴けるところがなんとも大きな狂いゆく歯車の音とともに選ばれてしまった才気あるシンガーソングライターは波に揉まれながらも、ひとりの音楽家として大きな体験をしたはずで、それは椎名林檎でもあり、上田まりでもある、そして浜崎あゆみであり、ソングライティングを支えた音楽家たちでもあるのです。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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上田まり / empty page CD
¥1,800
上田まりの99年に出た第二作目。 前作のシティーポップス路線はそのままに、上田まりのソングライティングを充分に感じてほしいという意図が感じられる力作。 ここへ来て、当時の打ち込みハード機材の導入が確認できるところが時代を感じます。 前作に比べるとストリングスや生楽器の比率がおさえられ、派手さは控えめに、部屋で作られた内省的な音楽となってはいるものの、ゆっくり歩くように新しい音の世界へと進み始めるアルバム構成は繊細な世界。 大阪出身のSSWが単身東京へやってきたといった物語が前作から意図してあったことが、今作にて微弱に変化していく楽曲群から感じとれます。 前作の"room"の情景真理までも、きっちり今作にて描き出す作風は流石の出来上がり。 音楽自体は確実に外へと歩んでいるのに、作者のroomへと、内へ内へと案内されていくような、同時再生される構造はアルバム文化の極み。 95年にリリースされた、MY LITTLE LOVERの名作、「evergreen」にて試された、ビートルズとモータウンの関係性を再構築したかのような世界はシティーポップス文脈には欠かせない鈴木茂のバンドワゴンサウンドに通ずる、あいのりを今作では、また違った比率にて再々構築しているところが意味のある作品。 実験の中で生まれ出たであろう名曲"いつか来た道で"の成果が次作、アルバム最終作の作風へと繋がっていくことは明確。 ここで何かを掴んだとプロジェクト全体が感じたはず。 そこからディープゾーンへと入るように、流れる都市の中での片隅を感じさせる"遠くへ行こう"で聴こえてくる都会派シンセワークが街の夕暮れを聴かせてくれます。 この時点にて、もうシティーポップスの枠組みを軽く超えて、真似事を抜け出し、完全なるオリジナリティへとポップスの領域が羽ばたく瞬間が聴こえます。 東京をテーマにした作品はこれまで色々あれど、70年代の青春や寺山修司などがテーマにした外から内へ集まる田舎者の生活とともに都市は大きな歯車を動かし続けるわけで。 そんな街での生活者の揺れ動く心象は純朴かつストレート。 なんともこの手の作品はセンチメンタルな旅のようでいて、確実にその時、その時代でしかない心情が"切り取られた"ことがわかるわけで。 このような、荒木経惟から始まった写真的物語、それはドキュメンタリー映画のように、田舎町から出てきた少年、少女と芸能がコミットする時に何が生まれ出るのか。 そんな瞬間を切り取ろうとする物語構成はエイベックスのお家芸のようにも思えたり。 そんなドキュメントを当時力があった芸術表現にて真空パックさせたことが、結果時代の詩を作り上げたのだと感じます。 00年初頭にURCの音源の販売権を獲得して販売に踏み切っているわけですが、レーベルイメージとはかけ離れていたこともあって、エイベックスからURC作品が出ていたことに違和感しかなかったわけなのですが、でもよくよく作品を聴いていくと、むしろ70年代の"青春"に執着したキティーの多賀や"運動"をアーカイブすることを作品とした初期URCの理念を元ネタとしていたことは明らかであって、90年代、00年代の大きな産業のなかにて、その永遠性を形にしようとしていたことがわかってくるわけです。 これは遠くはジャニーズやモーニング娘。などのアイドル文脈にも言えますが、"ポップス"という表現は日本の一番の舞台(高い場所)にて描かれる、少年、少女がごく自然と持ち合わせていた純朴を神話に捧げることによって、古来儀礼などでも用いられた絶対的な神々との交わりを音楽媒体を通して体感する、一種の祝祭のようなことだったのではと思ったり。 ネットが現れてからはヒドラの首は切られるが如く、細分化が進む世の中において、昭和に作り上げられた神の降臨は無いにせよ、この時代はまだこの方法論がかろうじて通用した最後の年代のようにも思ったり。 それは信仰、セラピーのような行為を音楽が引き受けて行っていたのではないかと思えてならないわけです。 バブル崩壊後の就職氷河期時代を戦う、ロストジェネレーションたちの巨大な鏡として、それは当時の日本の若者の等身大の神として、エイベックスの看板アーティストたちは君臨していたのではと思ったり。 エイベックスのサイドストーリーを集めていくと、実は描かれることのなかった、当時の若者たちの切実な声が聴こえて来るが如く、もうひとつの情景が浮き上がってくる心象風景こそがポップスに刻まれたソウルなのではないかと思えてならないわけです。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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上田まり / room CD
¥2,600
上田まりの98年に出た第一作目。 一年に1枚のペースにてリリースされることとなる、3部作の処女作。 テクノや打ち込み音楽の全盛の時代にアナログ色ある方向がカウンターとして成立した時代であって、オーガニックかつチルアウトなどと繋がる文脈は当時あったはずで、特にマシンポップスに力を入れていたエイベックスがこのような路線で勝負をかけていたといった事実は面白いわけです。 しかしながらよくよく考えてみれば、安室奈美恵のSWEET 19 BLUESも海外向けのR&Bやフュージョンへと傾いていますし、TRFのオーバナイトセンセーションなどもアースウィンドファイヤーやシックなどのディスコ調で、H Jungle with tに関してはジャングルやレゲエを取り入れながらも、なぜだかフォークやニューミュージックの香りがするなんとも不思議な楽曲なわけで(浜田の歌唱の影響は大きい)。 小室哲哉が率いたglobeあたりはymoイズムを現行のpopsやukテクノの地平に繋げようとしていた実験のように感じるので、globeの動きはマシンpopsなわけですが。 ゆずやコブクロなどのアコースティックギター片手に歌う、フォークアピールのようなわかりやすいアナログではなく、生楽器にて洗練を重ねた"シティーポップス"と後に名付けられる、都市型ポップス手法が用いられているところが、00年代式AORであり、なんともモリコーネが映画音楽にて実験を繰り返したようなセンスを感じます。 プロデューサーでもある、ドラマーの江口信夫の手腕だと見ています。 江口信夫は杏里作品群のバンドのメンバーでもあり、角松敏生などのバックバンドでも腕を奮っていたわけで、極めつけにはシティーポップスの雛形でもあるユーミン、松任谷正隆とのレコーディング仕事を行っているというところが筋金入りで、ユーミンや松任谷正隆などに繋がる70年代の動きもきっちり分かりながらの00年代での投下だったのではと今作を聴いていると思えるわけです。 一曲目"誰もいない部屋"からその手の音楽展開が健在であり、なんともそんな流れにワクワクするわけで。 歌唱は演歌まではいかなくとも、昭和歌謡を思わせる歌声は思惑通りであり、シティーポップス文脈にて語り継がれる、桐ヶ谷仁の世界も匂わせます。 具島直子を彷彿とさせる"せつなかった日"や古内東子と繋がる"十五夜には"など名曲尽くしなのですが、まだここではエイベックス色が少なく、なんともシティーポップス好きには、こちらの1stが隠れた名盤かと思われます。 奇をてらった音はまるで登場せず、淡々と上質なPOPSでまとめられているところが最高で、この塩梅はちょっとわかる人にしか伝わらない世界かも。 昨今のサウンド重視の音も良いのですが、これぐらいの塩加減で作られるお袋の味はまた格別かと。 マックス松浦がプロデュースに関わっていることもあって、期待は大きかったのか、その後、なんともこの路線にてエイベックスがミュータントしていくところがこれまた面白い比率を生み出すプロジェクトですが、こちらの地盤を聴いていないとその面白さは半減すると思ったり。 同時期に椎名林檎との作品で成功をおさめ、後に東京事変などでも活躍する編曲家、ベーシストでもある亀田誠治が参加しており、3部作の最後まで付き合うこととなるわけですが、化学変化が聴ける素がなんとも極上なシティーポップス歌謡というのもこれまた良いです。 しかもデッドストック未開封。推薦盤です。 ※写真は私物を撮影しております。今作は未開封ですので、状態などは確認出来ていません。 CD盤面 D : Dead stock 未開封 ジャケット D : Dead stock 未開封
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the brand new heavies / dream come true CD
¥1,600
SOLD OUT
ukのシーンではジャズが絶えず中心的な役割を行ってきたように思うのも、その音楽的思想から、文化人にコレクター、レコードショップに演奏者、そしてハードリスナーにおいて時代や表現手法を変えて、ときに集団となり、現在まで価値を落とすことなく守り育てられた音楽なのだと思っています。 そんなukにて海賊ラジオからイギリスの国営放送BBCにてラジオ番組まで持つまでにのし上がったジャイルスピータソンがトーキンラウドレーベルをスタートさせたのが89年。アシッドジャズのムーブメントは日本にもやってくることになるわけで。 ムーブメントのエネルギーを爆発させ、世界的な人気へと広がっていったのも、こちらのthe brand new heaviesやガリアーノにヤングディサイプルズ、みんな大好きジャミロクワイなどがきっちり結果を残したからだと思っています。 このアシッドジャズというムーブメントの面白いところは当時新しいビートが生まれていた、クラブシーンにて生まれ、世界中に増殖したハウスやグラウンドビートを取り入れながらもジャズを中心に置いたというところがユニーク。それはジャズコレクターの幅広い、知の地平からジャズを中心に置きながらも、現代的に鳴らすことに終始中心を置いたことが大きな流れになった要因だと考えています。 権威主義が渦巻くモダンジャズファンからは煙たがれた、70年代ジャズファンクやクロスオーバージャズにフュージョンといったオーセンティックではないとされていたジャズを掘り起こしたのは、ジャイルスたちDJ陣の手によってそれは鳴らされていたのです。ジャズでダンスすることが当時は新鮮だったのかもしれませんが、この流れはレアグルーヴムーブメントにこのアシッドジャズの動き、のちにクラブ文化がその思想をダンスミュージックへと昇華して、フューチャージャズの地平へと繋がっていきます。 このアシッドジャズムーブメントの興味深いところはクラブという空間にて養われた、そして、インターネットもなかった世の中において、どの音楽表現よりも増殖して、世界中へとその表現は飛び火していきます。 世界中でクラブの思想は急速に広がっていき、その愛は誠実だったゆえに語られ続け、クラシックとして愛された楽曲は永遠に音楽ラバーたちに愛されるわけです。 それは部屋で聴いていた音楽が、クラブという特殊な"音響"の世界において鳴らされることによる新しい"体感"がどの音楽体験よりも真理に近づいたのだと感じますし、それはDJを神聖化する、文学的なハウス文化にカウンターとして表れたDJやイベントの名も無くなっていく、テクノ文化、レイブカルチャーの到来を予感させますし、スピリチュアルな観点においても重要であった日本の独自路線によるレイブの捉えられ方は新興宗教などの勧誘手法とも類似するわけであって、それは身体的な体感を真理のように頭が発達し過ぎた当時の新人類にとって身体の欠落は落とし穴であり、極上の快楽であったように感じます。 98年、アシッドジャズのムーブメントが約10年となった、best of the acid jazz yearsとこちらの作品に書いてあるように、ヴァーチャルインサニティー収録のTravelling Without Moving のヒットにてスターダムにのし上がったジャミロクワイが99年に日本ではオリコン2位、約73万枚と最も売れた、シンクロナイズドが出るちょうど間にリリースされた、ムーブメントの柱的グループの作品。 トーキングラウド、アシッドジャズムーブメントが最盛期であった90年代初頭にジャイルスやヤングディサイプルズのベーシストでもあるDJマルコも言及しているように、生の楽器で演奏していることを大きなトレードマークとしており、それもukでは打ち込まれたアシッドハウスやレイブが社会現象になっていた後に爆発した不満でもあるように同じ国のなかにて、アンビエントチルアウトやこのようなアシッドジャズムーブメントが同時に存在した充実した季節だったのではと容易に考えられます。 デトロイトやシカゴからのテクノやインテリジェンステクノに対するカウンターとしてジャズやジャズファンク、ブラックミュージックから始まっているこの思想は99年あたりのアメリカのヒップホップやネオソウルの面々の思想にも浸透していたのではと考えます。 生が当たり前になればまたマシンの時代が到来する。そのループのなかで音楽は深みを増していくのだと思います。 今作の内容はというと極上の演奏が聴ける、太い音楽連鎖を感じる内容。 今欲しい心得た音のオンパレード。 起点がここなのだとすれば、ラブタンバリンズが日本のリスナーに向けて作っていた、その違った部分を聴き比べる事もできますし、ジャミロクワイがどうして特別だったのかも理解できます。マッシブアタックがどこに焦点を当てていたのか、それは過剰な焦点比率にてトリップポップが出来上がっていたことなどもわかると思います。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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X.VALDEZ / HIGHER GRACE CD
¥1,600
SOLD OUT
デミアン・オニールが率いた二人組男女ユニットの作品。00年作。 この時、新人として出てきたユニットながら、40才近いデミアン・オニールは、UKパンクのジ・アンダートーンズのメンバーとして活動後に弟とともにエレクトロニクス主体の音楽を展開しており、00年に入ってからも"先端"の音楽を追っかけながら、自らの地平を作ってきた音楽家。 00年代初頭、エレクトロニカ勢や実験音楽、70年代リバイバルのディープゾーンに入った最中に落とされた、妙に落ち着いたムードを保つエレクトロポップス作品に驚いてしまいます。 マシューハーバートの世界線に近いように感じます。 この時代までくると、80年代に出てきた音楽家たちが70年代の思想を地べたにして、より新しい音楽を模索していたことがわかってくるわけで、ベンワットやトレーシーソーンなどの動きを見てもそうですし、ヴァニティレコードの阿木譲しかり、初期ダムタイプの面々もヨージビオメハニカにkuniyukiしかりそうですが、全てに思うことは懐古的に音楽を行っていた人たちとは当たり前ながら、まるで違った道のりにてダンスミュージック、エレクトロニクスミュージックへと近づいたことが、音楽が持つ温度で感じとれるわけで。 ある種、70年代終わりから音楽を作り出した作家は最強の懐古主義者なのかもしれませんが、他者と共有したいわけではなく、自分しか知らないはずの"最初の音楽"を聴いた時の感情を、ただもう一度再生したいがために前衛を貫いたのではないかと、先端音楽を追っかける音楽家たちの音を聴いているとそう思ったり。 それはこれまで聴いてきた音楽では感情が動かない、厄介な現実との戦いのようにも思えます。 このX.ヴァルデスの音楽は打ち込み機材やシンセサイザーで奏でられてはいるものの、直球のダンストラックスでは無く、洗練されたジャズやサントラ、モンドの世界線がエレクトロニクスにアブストラクト、トリップポップの世界線と入り混じる、2026年においても現代的な"AOR"として機能すると感じます。 今作は長年音を見つめてきた音楽家の眼差しが聴ける作品。 フランスのバンド、エールのメンバーやアレックス・ゴファーが参加していたオランジュというバンドメンバーでもあった、フランスのエレクトロニック・ミュージック・シーン最初期から関わってきたザビエ・ジャモがプロデュースしているところもフランスのダンスシーンがメジャー化するぐらいに力強かった、00年初頭の音楽の連なりを感じます。 X.ヴァルデスの楽曲群も素晴らしいのですが、ここで注目なのが、この楽曲リミックス作業のみで実現した、Silent Poets + Chari Chariによるダブルリミックス作品が極上で。 この楽曲だけのために買っても良いのではと思うほどの素晴らしいリミックス作業を聴いて欲しい。夏をこれで乗り越えられるぐらいの、極楽浄土へダイブするような名仕事。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品 サンプル盤。
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Burt and Joe Wolff / night light CD
¥1,400
SOLD OUT
アメリカのジョージア州アトランタのピードモント病院の麻酔学専門医、フレッド・J・シュワルツは15年間医療の現場で音楽を使い、自然分娩や帝王切開、麻酔投与の際に音楽を効果的に用いているようで、音楽のもつヒーリング効果にいち早く注目をしていた音楽愛溢れる医師であります。 クラシックやニューエイジをはじめポピュラーミュージックにカントリー、ロックのチャンネルを病棟に設け、入院患者が24時間好きな音楽を聴ける設備を整えるなど、人間の生死が入り混じる病棟にて、まさに"人と音"のクロスオーバーをナマで実践する異端。 幼い頃から音楽を学び、演奏活動を続けていることもあって、ドローンやアンビエントの世界線でのニューエイジミュージックではなく、メロディが優先にある世界線にてニューエイジの世界を描いているところが当時のリアルな情景を感じます。別のレーベル作品では、古いラジオから聴こえていた70年代のアメリカン・ポップス、たとえばカーペンターズのような、美しいメロディーとやさしい歌声と子宮の音をミックスした、子宮の音に合わせてポップな胎内感覚の子守歌を生成しているという、なんともヴァンダイクパークスが医師になって、手術してくれるような世界線は聴いてみたいところ。 兄弟共にアトランタのエモリー大学で心理学を専攻、学位を取得し、アトランタに2つのレコーディング・スタジオを持っており、自主レーベル、"ウルフ・ブラザース・ミュージック"を設立し、コンポーザー、ミュージシャン、プロデューサーとして様々な音楽活動を展開していたようです。 これはなんともバブリーかつリアルなニューエイジ世界を堪能できる一品。94年作。 メロディとアンビエンスの次のラインが浮き出ている音楽はジャンルが出来上がる前の奇跡的な描写を感じれる作品。推薦盤。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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soft machine / third CD
¥1,800
ソフトマシーンはイギリスのカンタベリーにある芸大にて結成されたバンドで、このソフトマシーンは十数年の活動のなかで、メンバーチェンジを続ける"移行集合体"であり、そのメンバーチェンジの際に行われた音楽家たちのぶつかり合いが作品の表情を作り続けてきたように思います。 作品ごとにまるで違った顔が浮かび上がるわけですが、それはどんどん理想郷に近づくが如く、sixや sevenあたりがマシーン的ジャズロックの完成かと思えるぐらいに、タイムレスな響きに達しているように感じます。 それは初期メンバーが不在となったとしても、同じ志の音楽家がより良い世界を模索して繋げ作り上げた結果であり、そんなソフトマシーンのぶつかり合いから人脈、山脈となり数多くの他バンドが発生することとなるわけなのですが、その人脈はのちに"カンタベリー派"と呼ばれるようになりました。 そんなカンタベリーのはじまり、ソフトマシーンの大きな節目にあたる作品がこのthirdや次のforthあたりではなかったかなと思ったり。 彼らはバロウズやケルアックといった60年代後期に流行したビートニックの詩人たちから影響を受けており、彼らが愛聴していた、彼らの視点にて捉えられた旧来あったジャズを再解釈する感覚を探り出し、紙とペンにて昇華した新感覚を音楽として表現したのがまさにソフトマシーンの真骨頂。 フリージャズやロック、現代音楽からミニマルミュージックまでもが同じ価値観にて扱われていた混在はソフトマシーンがいた時代のリアリズムだったように感じます。 本から受けた感覚を音楽に落とし込んだのがソフトマシーンであり、カンタベリー派なる大きな枠組みはヘンリーカウやスラップハッピー、アートベアーズといったレコメンへと地続きとなり、それは90年代や00年代まで受け継がれていくことになるわけで。その始まりのような動きがデビットアレンにケヴィンエアーズ、ロバートワイアットにラトリッジからなるソフトマシーンのように思います。 オーストラリア人のヒッピーであったデビットアレンは薬物問題にてイギリス国内に入れなくなったことを理由にフランスへ入国し、こちらも"移行集合体" の代表バンドGONGを結成するわけであり、アレンが作り出したこの二つのバンドは長きに渡り活動を行うこととなるわけですが、両バンド共に他者に愛され変形していくといった同じ道のりを歩んでいくというのもまた面白い。 こちらのthirdは前作でのワイアット、ラトリッジにヒューホッパー、エルトンディーン、ニックエヴァンスなどの管楽器奏者を加えた、8人編成で挑んだ作品で、彼らが新しいジャズロックを模索していたことは言うまでもなく、従来のロックでもジャズでもない、その中央にあった神秘への扉をゆっくり開く音が聞こえる名作。 プログレの組曲形式の上にて即興部分に現代音楽的な知性、ジャズの持つ会話、インタープレイを次の次元まで持っていった世界は必聴。 この緊張感は同時期に発表されたマイルスのビッチェズブリューと比較出来るぐらいに迫り来るものがあり、でもしかし、マイルスにはグルーヴ、流れが聴き取れ、マイルスが現れることが目に見える(なかなか出てきませんが)様に聴こえますが、ソフトマシーンは誰がどこから現れるのかもわからない、ビートニック的な精神があります。 だからこそ、今作収録の神の領域の上で聴こえる名作"Moon in june"で現れる、唯一はっきりしたワイアットの声が現る"瞬間"が大きな光となっているように思います。 ここから何かが始まっていることは明確。 彼らがバロウズの作品からバンド名をとったように違う側面にてそれを見つめることは重要だと思います。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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BOBB TRIMBLE / HARVEST OF DREAMS CD
¥2,300
SOLD OUT
不出世のSSW、BOBB TRIMBLE の1982年に発表された2ndアルバムがこちらの作品。 自主制作にて1stとこちらの2ndをリリースしていますが、両作ともにレコードは激レアなので、CDでしかお目にかかれない代物。 アメリカは州にひとり、ダニエルジョンストンのようなアウトサイダーたちが存在していたので、才能があったとしても見つかるか見つからないかは本当にそのアーティストの運のようにも思えるわけで。 自分を信じる力が強いほどに"物"は残されて、そのアーカイブは世界中のディガーが大きな時間軸を通して、それに辿り着くわけで。 ソニックユースのサウストンムーアはきっちりコンタクトをとっていたようなので、流石です。 82年といえば、ニューヨークパンク、ノーウェーブ、ニューウェーブ勢が次なる動きに入る時期であって、バスキアやキースヘリングなどが路上にて創作を行っており、パラダイスガラージもまだあったりと、アメリカの地下文化に力があった時代。 そんな中でBOBB TRIMBLEはアシッドフォーク、サイケロックのような70年代的な世界線を展開しているところに変人性を感じるわけですが、ダニエルジョンストンやRスティーヴムーアなどとも違う、クオリティの高い宅録作品には驚くばかり。 女性では?と思えるぐらいに中性的なボーカルが特にオブスキュア度を上げているように感じます。ジャケも意味不明ですが、超越している具合がよくわかるなんとも言えない光景。 コレクターだけの宝だったのが文化圏の成熟を経て、2000年代以降の出来上がりつつあったインディーズの世界線との奇跡の時間の合致が今作を復活させたように思ったり。 推薦盤。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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V.A / Teletubbies the album CD
¥1,300
SOLD OUT
イギリスBBCが制作する人気子供番組"テレタビーズ"のサントラ。98年作。 遠くは60年代終わりカンタベリーから80年代に入ってのヘンテコ脱線自主制作の世界線、デビットトゥープやスティーヴ・ベレスフォード、アシッドハウスムーブメントにエイフェックス的着ぐるみ文化、ジョンピールにジャイルスピーターソン。 一筋縄では語れぬ音楽山脈、イギリスの国営放送が織りなす子供番組は手加減が無く"現代版サイケデリック"、popも実験も一色単になり放たれる現代の音楽はこの世界線を超えていかなければならないわけだから、なかなかにキング・クリムゾンの宮殿。 音楽もなかなかに宮殿級サイケデリア。 脚本家、プロデューサー、作曲家、パペット操演者、俳優など、多岐にわたり活動する、Andrew Davenportの手腕。 物としてもこれは持っておきたい。 いつ観ても一線を超えている感じがやはり素晴らしい。 テレタビーズは頭部のアンテナにて映像を受信してお腹のテレビに子供達へ流し込まれる"知性"を映し出すわけで。 カラフルな世界線は子供たちの世界がある種、最上級の"リアリズムと幻想"のなか成立していることを物語っているように思います。 スマホやiPadなどではなく、テレビジョン時代のサイケデリア。 推薦盤。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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coba 小林靖宏 / techno cabaret CD
¥1,800
SOLD OUT
アコーディオン奏者のcobaの登場は日本の若者たちのアコーディオンの概念を新しい地平へと運んだことは間違いないと感じます。 cobaの代表作、古舘伊知郎の"おしゃれカンケイ"での名物企画、"16小節のLOVE SONG"で使用された"過ぎ去りし永遠の日々"は日本人なら一度は聴いたことがあるはず。 こちらの作品もよく聴いてみると、ヨーロッパサントラの世界を感じる名作ですが、何よりクラシカルな楽曲を制作しながらも、日本人では珍しい、あのアイスランドの歌姫ビョークのワールドツアーに参加するなど、世界を股にかけた活動でも知られており、当時先端であった、90年代のukブリープテクノ界隈との関係性を勘繰ってしまうような作品が今作96年あたりのcoba作品を聴いていると感じるわけです。 当時ビョークの恋人でもあった、ブリストルのDJ集団SoulⅡSoulの重要人物でもあった、プロデューサーのHowie Bなどが今作に参加しているところもそう感じます。 内容はというと、今求められた音世界に悶絶であります。繊細なブリープな世界線にアコーディオンの音色が入り混じる世界は唯一無比。 推薦盤。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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渡辺亮 / Wallece Line CD
¥1,600
SOLD OUT
日本のパーカショニスト、ビリンバウの名手でもある渡辺亮の初ソロ作品。94年作。 ワールドミュージックが世界的に流行する89年にアフリカのセネガルに渡り、その後ブラジルへと渡って、リズムの真髄、打楽器の本場にて自らの肌と心に宿した世界線を形にするべく、日本へ帰ってきて作り上げられた、初のソロ作品。 イギリスの博物学者、アルフレッド・ウォレスが発見した、インドネシアのバリ島→ロンボク島間にひかれる生物分布上境界線をテーマにした、架空のサウンドトラック。 細野晴臣のトロピカル三部作にて試された、音で作り上げる擬似的な熱帯雨林を実践しながらも、環境音楽のような音響地帯にて作り上げられているところが面白い作品。 唐突に降ってくるスコールに猿やオオトカゲなど、森の奥深くに潜んでいる妖怪などの存在感覚、水木しげる的世界線をも取り込みながら、90年初頭の都市の中で想像を巡らせ、デザイン的ごった煮を提唱しているところが素晴らしく、そんなマージナルな音像は必聴。 アジア諸国にあった日常"ニセモノ"を横目に、よりディープな密林に宿るスピリチュアリティへ(アマゾンで行われる儀礼の如く)と突き進んだような音はバブルの横にあったであろう、妄想宇宙を映す鏡のような音。 エイフェックスツインのアンビエントワークスvol.2の世界線とも繋がるような、リバーブなどがかけられた多種多様な打楽器類の音は民族音楽演奏者に在りがちな打楽器演奏を聴かせるといった観点だけでは絶対作っていないことがわかる名作。それはフランスのocora作品群もそうだと思います。推薦盤。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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金沢 明子 & 寺田 創一 / 東京音頭 平成ミックスアンド盆踊りミックス CD
¥2,300
金沢 明子は前衛の民謡歌手であり、人がやっていないことをこれまでやってのけている歌手だからこそ、時代時代のタイミングにて作品が再復刻されるわけで。 ジーパン姿にて民謡を歌ってみせたり、はたまた大瀧詠一作の"イエローサブマリン音頭"でヒットを飛ばしたりとバックにいた人たちが文化人だったのか、それともご本人の手腕なのかはわからないですが、91年にいち早くハウスミュージック手法を民謡と織り交ぜ創り上げた作品がこちらの作品。 「HOUSE MIXI」、「HOUSE MIXII」後のシングル盤となります。 今作のお相手はジャパニーズハウスで今やレジェンドと化した寺田創一。 92年あたりからJ-POPSにおいてもハウス手法が取り入れられた作品は大物歌手などの作品などでもチラホラ現れてくるわけですが、当時は民族音楽、ワールドミュージックの観点にてニューヨークのハウスシーンを捉えていたように感じます。 寺田創一作品や89年から95年ぐらいまでの日本のpopsにて影響をあたえていたハウスはニューヨークハウスであって、その後伝わってきた"テクノ"はそれ単体にて世界を構築する力をつけたことによってアンダーグラウンドにて発展することとなるわけなのですが、ニューヨークハウスの手法は呼吸の如く、のちのダンスシーンから現れた日本の音楽プロデューサーたちへと受け継がれていき、ここ日本では金を生んだであろう歌謡曲の世界にて現れてくるのは面白いところ。 寺田創一と横田信一郎などがハウスの実験を行う90年代前半と同時期のイタリアのハウスシーンの手法はFar East Recordingがアンダーグラウンドにて提唱したハウス手法に類似性を感じるところは大変に面白いわけなのですが、しかしながら、今作を聴くとわかると思うのですが、寺田創一はハウスミュージックを作りたいがためにハウス手法を取り入れ世界を構築したのではなく、全く新しい"音楽"を作りたかったことはよく理解が出来るわけです。 ハウスが無かった世の中をどうわかれば良いのかなど到底不可能な現在ではありますが、ハウスという、必要な部分だけを切り取り出来上がった新しい音楽、未知の音楽に魅了されていたようにも感じます。 それは70年代から細野晴臣がやろうとしていたこと、坂本龍一がソロ作にて混合させようと探っていた事と同じようにも思えます。 今作の着想はのちにOMODAKA名義でのプロジェクトへと受け継がれていきますが、源流はもっとストレートに清らか。 ジャパニメーションで奏でられた世界線とも繋がる音の構造を聴いてほしい。 最近再発盤がアナログで出ましたが、原盤をCDにて感じてほしいと思います。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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seigen ono / Comme Des Garçons, Vol. 2 CD
¥1,800
SOLD OUT
seigen onoやサイデラマスタリングのクレジットがあると音を聴かずして買って良しと思ってしまう悪い癖があります。 seigen onoのマスタリング作品に出会っている人なら何を言っているのかはわかるはず。 seigen onoは今やエンジニアとして有名ですが、作品作りもきっちり行っている音楽家でもあり、1stの"seigen"はクラウスシュルツのレーベル "InnovativeCommunication"からリリースされていました。 今作はそんなseigen onoの音楽家、プロデューサーとしての力が発揮された作品で、当時のニューヨークの生き残りNo wave勢、ビルラズウェル、アートリンゼイ、ジョンルーリー、ジョンゾーン一派とのセッションにて作られた作品。 川久保玲のコムデギャルソンのショーのために作られた音楽をまとめた今作は"Comme Des Garçons Vol.2となります。 95年にvol.1とvol.2が1つとなった再発がサイデラマスタリングから出ており、21年にもD&DEPARTMENTの協力のもと再発が出ています。こちらはCD原盤、89年作。 89年というとバブル経済真っ只中であって、日本の景気はピーク値、かつ西武グループが国と仕掛けようとした文化改革が政府抜きの企業側に委ねられた時代で、あの手この手を使い、文化が力をつけて行った時代。 特殊なこの時代のムードは現在海外の音楽ディガーが求める日本の"kankyo ongaku"の源流のようにも思えたり。 インディペンデントにてファッションを切り拓いてきた、三宅一生から始まり、川久保玲や山本耀司へと、どんどんバトンは繋がるわけですが、90年代のストリートカルチャーがインディペンデントにて成功するのもDCブランドなどの成功があったからであって、西武グループや電通などの連携プレイを介して、文化がひとつの街へと集まり爆発した時代。 ワールドミュージックブームなどが90年代初頭に起こり、それは土着的な源流の民族音楽とサリフケイタなどの最先端の民族音楽が入り乱れながらも都市では、東京が作り上げたであろう民族音楽があるわけで。 昨今人気の高い"kankyo ongaku"、吉村弘などの人気なども含め、都市が作り上げた民族音楽、アフリカ音楽だけではない、世界各国の伝統音楽を経由して、独自の美学で作り上げられたムードがあったように思っています。 細野晴臣で言う"観光音楽"とでもいいましょうか。無印的というか。 この時代のファッションブランドやそちら方面から出てくる音楽的動向の方がはるかに美学があったように思えます。その静寂な美学が当時のムードのようにも感じたりします。 音楽人が作り上げる作品よりも表現を"音楽"としたアートスクールや服の方面から音楽へとなだれこむ、ロンドンのパンクシーンから受け継がれるコンセプチュアルな音楽を通してのインディペンデントムーブメントを作る方向へと傾いた時代の馬力はなんとも力があります。 山本耀司と高橋幸宏が作り出した、87年作、こちらもショーの音楽をまとめた"La Pensée"やディップインザプール、ロンドンのセックスピストルズの思想をきっちり受け継いだ、中西俊夫のウォーターメロンなどの世界線。 今作はNo wave勢と作られているわりには、ノイズや即興性というよりアカデミックな側面が全面に出た名作で、ジョンゾーンが取り組んでいた、映画音楽的側面に近い音の構造が聴けるところが最高。 フレッドフリスのドキュメンタリー映画"Step Across the Border"などを観ていてもわかりますが、音楽的素養を持ちながら、"誰も聴いたことのない"ような音楽を作ろうとしていた、本気の実験、その実験結果にて商売に火をつけようとしていたパンクスたちの思想はコムデギャルソンの川久保玲が"洋服が綺麗に見えて誰も聴いたことがない音楽を"と要求を見事に音で表現しているように感じます。 その思想を形にするべく、ニューヨークのこの辺りの音楽家の世界線に繋げた、seigen onoのセンスが光る作品。 六本木WAVEなどで当時売られていた、都市型民族音楽、観光音楽などから聴こえる都市のムードとそのような世界線のなかでまだやられていない音楽ジャンルにて形にしているところもなかなかに良い作品。 この後訪れる、ワールドミュージックブームやレアグルーヴ文脈などにも繋がる音の作りは先端を感じます。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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Chick Corea & Return To Forever / light as a feather CD
¥1,600
多作なチックコリアのディスコグラフィーのなかでも人気の高い今作は地面を溶かすECMのマンフレッドアイヒャーから逃れての"地に足がついた"力作。73年作。 ECMからリリースされた前作の"Return to Forever"はECM特有の静けさと緊張感が牛耳るなかでのサイケ、ブラジリアン、溶けるようなエレピ、ライトジャズファンクが見事に融合した名作で、こちらの作品を聴いた時にフローラプリムとアイアートが当時ブラジルにて作り上げていた、彼ら独自のアマゾン的呪術サイケデリアな作品群との整合性がとれるわけで。 同時期に作られたフローラプリムのButterfly Dreamsも最高で、彼らが言葉では無く、音楽にて繋がっていたことがわかる作品群は追って聴いてほしい。 しかしながら、チックコリアのフェンダーローズの魔術的な音はたまらない。 身体の一部と化した楽器の音が1番に凄い。 これはレイハラカミなどとも通ずる流れる音の洪水。 前作にてチックコリア自身もやりたかった世界をやり切ったように思うわけで、今作リリースから5年後ぐらいに訪れるクロスオーバーやフュージョン作品のことを考えるとかなり早い動きだと感じます。 だからこそのどこにもない比率がこの作品と前作のなかでは生き続けています。 やり切った後に何をやろうとした時に、同じことをやらないというのがまた良く、ブラジル音楽やローズの世界はそのままにまるで違った音響のなか制作されているのが最高。 昔からよく言われていたのが、マンフレッドアイヒャーの手にかかると全てECMという額縁が用意されるわけであって、そのように決められた世界を超える存在は必ずECMを飛び出して活動を始めるわけです。 チベッツもチックコリアもパットメセニーしかり、エバーハルトウェーバーはECMにいながら、アイヒャーとも良い関係を保ちながら、最高の作品を作り続けているところをみると、それはそれで凄いようにも思うのですが。 今作はCDが良いと思える作品。 知らぬ間に眠りにつくぐらいがちょうど良い、名作世界を聴いてほしい。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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IAN O'BRIEN / GIGANTIC DAYS CD
¥1,600
テクノといっても色々な細分化が出来ますし、今やその細分化されたジャンルからさらに細分化されて、歴史が積み重なるわけで。 シンセサイザーなどの出現にてエレクトリックな要素と現行の音楽手法が入り混じる78年頃から80年に入るまでをクロスオーバー期とするならば、90年代に入る前夜にてシカゴやデトロイトで発生したテクノがukへと入って、アシッドハウスやレイブカルチャーなどへと移行していく傍らにて、多種多様な文化が入り混じり、エレクトロニカやレアグルーヴ、アシッドジャズなどのジャズやソウル、ファンクなどで踊る硬派なシーンからレイヴの熱を覚ますために脳内ベッドルームを作り上げたりと表現は想像もつかない動きを現し始めるわけですが、それがどんどんライブハウスではなく、クラブからの動きへと変わっていきます。 その最盛期、一般化された99年あたりからはクラブカルチャーが中心となり様々な音楽がクロスオーバーされた時期のように感じます。 上記でも書いたクロスオーバー期に起こったことを当時の音楽マニアや知識人が現代的にムーブメントとして再現するが如く、何かが動き出した年にも思えます。 イギリスやドイツからの流れから生まれたフューチャージャズやニュージャズの影響下にて、"ジャズ"が音楽全体に革命を起こした時代の始まりがこのイアンオブライアンの今作が生まれた年ぐらいの動きなのではと思ったり。 uk音楽がその広がりをアンダーグラウンドからきっちり作り上げていたようにも思えるわけです。その底力が姿を現したのも95年ぐらいまでのukロックの流れからメインストリームに躍り出たような、ケミカルブラザーズやファットボーイスリムの流れへと繋がるように感じます。 今でもナイスなハウスミュージックを制作するジンプスターやベルリンのコンポストの流れからのアシッド・ジャズの思想をダンスミュージックへと比率を傾けたジャザノヴァに日本ではUFOなど。 イアン・オブライアンはそんな時間にアンダーグラウンド・レジスタンスの“ハイテック・ジャズ” への返答として自らの音楽を作り出していたと考えます。 イアン・オブライアンはウェザー・リポートやチック・コリアのような1970年代のフュージョンやスティーヴィー・ワンダーなどの影響下からフュージョンバンドにて演奏を行なっており、マッド・マイクの影響を模倣だけではなく、まるっきりひっくり返し、なんともジャズフュージョンの基盤を全面に押し出したことが、よりジャズが本来持っていたジャズの考え方であって、そのような答えを出したことが今でもオリジナリティが保たれている理由だと感じます。 イアンオブラインアンにとって、初の日本盤となる99年の今作はイアンオブライアンの作品のなかでも特別な輝きを放つ作品。 店主はこの作品を知ったのはボアダムスの山塚アイが雑誌の中でイチオシしていて、あの山塚アイがこんな音楽を紹介するなんて、時代が変わるかもしれないと衝撃を受けました。 イアンオブライアンは日本に在住しており、レギュラーパーティにてゲストで来て頂いたときに当時覚えたての日本語にてこちらのレコードにサインを頂いた、良い想い出が残る作品です。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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V.A / école - alternative artists compiled by haruomi hosono from the quiet lodge Quadraphonic CD
¥1,800
SOLD OUT
こちらのコンピは細野晴臣選曲によるコンピでサウンド&レコーディング誌上での細野企画により選ばれた優秀曲を集めた一枚。 95年作。 内容はというと "音楽ではなく精神の未来だ。全ての人間が自分の音楽を持ち、各々のメッセージを発する時代のことである。"と細野晴臣が今作のコンセプトをこう語るように、当時のマインドの世界線へ入って行った細野晴臣の音楽家として、スピリチュアルな観点から選び抜かれた楽曲群は全曲アマチュア作品ながら、時代を映し出しているような、ディープなオブスキュア音源の宝庫。 80年代のこの手のymo関連のアマチュア作品(デモテープ集など)を集めたコンピのなかでも録音状況や楽曲クオリティ含めて、いちばん良いのではと思えるぐらいの名作揃い。 坂本龍一名義で高橋幸宏と細野晴臣にてデータを送りあって作り上げたニュース23のテーマと類似するシンセワーク(こちらの楽曲の方が早いです、ニュース23の楽曲も隠れ名作)にukブリープテクノ、アンダーワールド的な快楽世界が日本の個人部屋の中で爆発したであろう、senooの"SO HEAVENLY."やオリジナリティは現在でも守られているFumihiro Murakamiの名作"MIKO"、Bananaの"MITSURIN NO KAWA"はこれまた極上の歌もの。Red Room Dinerのアブストラクトな楽曲も聴かせてくれます。いやはや名コンピ。 ちなみにFumihiro MurakamiのMIKO"はオランダのアムステルダムのレーベル、music from memoryがリリースしたCD時代の日本のオブスキュア音源を集めた、こちらも名コンピ"HEISEI NO OTO - JAPANESE LEFT-FIELD POP FROM THE CD AGE (1989-1996) "にも選出されています。原盤でどうぞ。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX-:軽いスレ、傷や汚れ、シミがある状態・並品
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Eater / Quadraphonic CD
¥2,300
香川功樹のエレクトロニクス名義"eater"のメジャー1st、細野晴臣のレーベルdaisyworld、エイベックスの傘下でもあるCutting Edgeからのリリース、03年作。 当時、猫も杓子もエレクトロニカブームであり、カチカチ、シャカシャカ、意味がわからない音を出していれば、そのカテゴリーに入れられたように思います。YMOのメンバーでさえスケッチショーにてエレクトロニカ活動を行っていた時代であり、あの頃の作品を今聴くと明らかに聴ける作品と聴けない作品が大きく分かれるわけで。 パソコン内で完結した音か、きっちりスタジオにてマスタリングを施している作品かで、響きは変わってきますが、"エレクトロニカ"を作りたいと思っていなかった音楽家の音楽は今でもタイムレスに響くように思います。 香川功樹という音楽家はグランジのバンドから、ボアダムスのヨシミが所属している、サイコババでの活動を経て、eater名義にて活動を行うエレクトロマエストロ。 ダンスビートは卓越を増して、独自のダンストラックは細かな網目を感じさせるような作りであり、かと言ってまるで難しくないpopセンスに溢れています。 マウスオンマーズなどもそうですが、グランジ時代の空気をそのままひとりのエレクトリックな世界へ持ってきているような音はとてつもなく面白く今響くように感じます。 竹村延和もそうですが、エレクトロニカやダンスミュージックを全否定していた、シェラックのスティーヴ・アルビニの感覚をダンストラックで投下するようなムードと言いますか。 大阪で活動を行っていた、eaterは何度も店主はライブを観ているのですが、毎回理解の範疇を超える音体験をライブにて展開していました。 出たばかりの自らの12インチをパーティー後に配っていたりと、気前の良い兄ちゃんが作り出す、繊細かつ独自ダンスミュージックに耳を傾けて頂きたいところ。 同時期のdaisyworldからリリースされていた、レーベルメイトでもあったスケッチショーや高木正勝、アトムハートなどのエレクトロニカよりの音とは明らかに方向性の違った自らのエレクトロニクスを鳴らしていることは聴いたらすぐにわかりますし、その後映画音楽などに向かった高木正勝やセニョールココナッツのような変種を演じたアトムハート、ちょっともう少しクールな色彩で描いた高木正勝の元相方、Aoki Takamasaなどのグリッチテクノよりの比率に近いようにも思ったりしますが、レイハラカミよりもダンスカルチャーよりのeaterの作品群は今聴かれるべき音楽だと思います。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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BRIAN ENO & J. PETER SCHWALM / DRAWN FROM LIFE CD
¥1,600
SOLD OUT
01年のフジロックにて来日しており、店主はそのフジロックにて初イーノ体験をして、大きく影響を受けることになり、アンビエントなる音楽に出会いました。 素人だった自分でもこれなら作れるかもと大きな勘違いをして音楽制作を行った大きなきっかけをくれたユニットの作品。 01年リリースの本作は近年、ドイツで行ったこのユニットでの伝説の即興演奏が収められた作品がリリースされましたが、イーノ自身はこのユニットについてはあまり言及がないところはとても気になります。 お相手のJ. PETER SCHWALMはジャザノヴァやコンポストレーベルなど、ドイツのニュージャズ、フューチャージャズと言われた当時大きな流れになっていたクラブカルチャーからの出のアーティストであって、acid jazz期94年辺りからドイツにて、ジャズを基盤にエレクトロニクスとテクノを混合させ作品を作っていたアーティストで、00年入る頃にやってくるフューチャージャズの流行が来た時にはかなり出来上がっていたのではと想像がつきますし、先駆だったように感じます。 J. PETER SCHWALMの他の作品を聴いたとしても、やっぱりこのプロジェクトの音の緊迫感とイーノが完全に牛耳ってしまった世界には太刀打ち出来ておらず、パートナーシップのバランスが保てなかったのかもと思ったり。 イーノもある意味ではセルフプロデュースをきっちり行ったことと、その早すぎた臭覚と行動力がイーノ自身をどんどん神格化させたようにも思え、アンビエントという音楽が宗教的なスピリチュアルな世界とも繋がり切った後の世界というところからも想像がつきますが、ネットが一般化するまでは生きた伝説のような存在だったように思えます。 このような動きに対して阿木譲などは反応していたのだと思いますが、店主にとっても思い入れが深い作品です。 アンビエントダウンとも言いたい、シンセサイザーの音の響きから必要な音を打ち込み領域の方法論を生演奏に落とし込んでの演奏から作り出される世界はディープゾーンに入っています。近年でたセッションで作られたであろう即興の音を軸にリスニングのためにきっちり尺に落とし込まれているところはプロの技。 当時のフジロックのライブにはcanのホルガーチューカイは不在で、その代わりにバイオリンとヴォイスにてローリーアンダーソンがメンバーインしていました。 クタクタになったフジロックラストのトリにイーノのドローンを体いっぱいに浴びた時に、目の前の観客たちがみんな立ちながら寝ていた衝撃は今でも忘れることはありません。 これぞ本気のユラユラ。 当時、大阪のアメ村にあったタワレコにてCDを購入したのですが、カラーコピーにてCDケースに入った同作品があり、アナログ盤は取り寄せになるので、注文お願いします的な文言が書いてあったので、アナログもあるはずで。 あったとしたら、イーノもあまり語っていない作品なので、今手に入れようとすれば大金がいるようにも思うので(現物は観たことありません)CDで手を打つのが最善の策かと。 90年代に入ってからのイーノ作品群は個人的にピンと来なかったのですが、この活動から手応えのある作品群を作って行っているイメージがあって、この後出た同時期に制作していた、パソコン内で打ち込んだ楽曲とイーノのボーカルだけで作り上げた作品も最高。 今作でも堪能出来るイーノが歌うボコーダーは誰もあんな使い方していないと思うので面白い響き。くるりのTHE WORLD IS MINEで聴かせてくれた最高のボコーダーの元ネタではないかと睨んでいます。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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Hayashi Takuya / Impromptu 1
¥1,800
SOLD OUT
こちらの作品、調べてもなんら情報が出てこず、ミニマムな装丁も素晴らしい、ジャケの少ない情報の中から想像するしかないこちらのピアノ作品、白に凛とした青で書かれた情報と広島平和記念公園の折り鶴の塔の写真が裏に一枚あるだけ、あとは帯の言葉通りの演奏が収められた、一曲40分超えの一発録音。 この99年から00年初頭は70年代リバイバルが本拠地へと進んだ年であり、ディープな実験音楽や"アングラ"の世界線がピックされたディープゾーンに入った時期。 monoで録音された、その音はデジベルが少し違った強烈な旋律であり、これはロックやノイズなどの部類として聴いて良いのではと言ったような強烈な音が録音されています。 ある現場でご一緒したハードコアパンクのあるボーカルがグールドのピアノはチ⚪︎コと言っていた価値観が通用した良い時代。 こちらの作品は99年作で、レーベルの情報もまるで無く、ショパンが作曲した「即興曲 第1番 変イ長調 作品29」を指すことが一般的で、情報も確かに重要なのですが、燃える青い炎が聴ける力作。 これはどんな想いでこの旋律を弾いていたのかは本人Hayashi Takuyaというピアニストしかわからないようなことなのかもしれませんし、"僕にとって即興の演奏は命懸けです"と帯に書かれてある通り、自らの心臓を細かく切って取り出すような、なんとも繊細にて力強い音が聴けます。 これはここ最近の録音物では聴けない代物かと。見えないものに命を感じ、それを摂取して生きている実感を感じる錯覚を覚え、絶対的に手に入らない肉体を追っかけるように、幻と現実がこの音盤から聴こえてくるはずです。 本当はその人しかわからないことが、多種多様の幻想を生み、また劣化するように語られて、また新しく"カオス"が生み落とされる。 そのような"遊び"だったはずが、いつの間にか劣化して無くなってしまったのが重要な"遊び"であって、この消えた楽園は一番に大切なものだったと臓物を引っこ抜かれるように音に殴られ、何かがまた再生する様を体験出来るように思います。推薦盤。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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Kou Tsuchiya / Sow Seed(s)
¥1,600
SOLD OUT
大阪にて現在もミュージックスクールにヴィンテージ機材を揃えるスタジオなどを完備した音楽教室を運営する"フクダスタジオ"が00年代に運営していた、F.R.D record。 半野喜弘との関係が濃厚なようで、当時のその辺りの大阪アンダーグラウンド期のムードを感じます。 トウヤマタケオや細野晴臣のレーベル、Daisyworld Discsからもリリースがあった、エレクトロニカの観点からダンスミュージックの音をきっちり出し切り、独自のエレクトロニカ作品を発表していた"Eater"などの作品リリースがあったりと、他の作品も純度の高い作品がある匂いがプンプンしたので聴いてみたいところ。 今作はそんなリリース豊かな自主制作レーベルからリリースされた土谷光の1stアルバム。 00年作。 ジャズ、ブラジル音楽、実験音楽などを一度混合させ、独自の解剖手術を行ったような"静寂"を聴かせる楽曲は独学の作曲、編曲から生み出されているようで、その構築力にはちょっとびっくりします。 ジャズ発祥のアメリカから生まれ出た"クールの誕生"からヨーロッパのECMなどに行き着き、それがまたアメリカの音大などでのコレクティブな研磨から導き出された独自の静けさを持ったjazz作品が稀に80年代終わりから、90年代、00年代と現れることがあります。 それはラウンジ音楽のようでいて、決してラウンジではない、尖り切ったコンセプトを持ちながらアンビエントに近い"静寂"が佇むジャズ作品群。 むかつくバンドにバスケットボールをおもいっきり投げ込むような、アホな音楽も大好きなのですが、この手の作品はアホとは対極にある、かなり高度なバランスにて作り上げられた"楽園''のよう。 高度な構築など、わかる人にだけわかれば良いわけで、誰にでもわかるような美しいメロディーと静寂が今作では行き来します。 フィールドレコーディングの音もとてつもなく心地よい。 このような音楽がインディペンデントから出ていた時代だったのだなと00年にあったであろう文化圏の深みを感じれる作品。推薦盤。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品
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HYU / inaudible Works 1994-2008 CD
¥1,800
関西の音楽家、HYUの画期的な編集盤。 childiscの活動を追っかけていた身としたら、大変ありがたい作品で、信頼のem recordsのかゆいところに手が届いたような作品集。 "childisc"は竹村延和が立ち上げたレーベルで、大阪時代、ヒップホップのDJ活動、スピリチュアルヴァイブス期とは打って変わって(こちらの作品も大変名作なのですが)エレクトロニカ、実験音楽などの本能が剥き出しになった活動が00年初頭だったように感じます。 京都に移り住んだことにより、京都メトロなどで活発に活動を行っていた頃で、京都メトロの重要なライブ時には必ず竹村延和の名前があったように思います。 店主は何度も"childisc"のイベントへ遊びに行っていたわけですが、会場にはめちゃくちゃ可愛いアキツユコやハエ叩きで演奏を行っていたヤベミルク、変態野郎のスッパマイクロパンチョップ、レーベルからのリリースはリミックス作品のみですが、会場には客人としてRei Harakamiの姿などもありました。 当時アンダーグラウンドではメジャーとアンダーが入り混じった交友があったように思います。 childiscの作品や竹村関連の作品は自主制作でのリリースか、海外のスリルジョッキーなどからのリリース、そしてメジャーレーベルからは徳間ジャパンからリリースされており、今作の作者でもある音楽家、HYUの単独のアルバムもchildisc経由にて徳間から発売されていました。 当時、このHYUは革新的な未来の音楽を奏でていたことは今作を聴いてもわかるわけですが、リミックス作品やchildiscのコンピなどで楽曲が聴ける程度しか音源がなく、その少しの作品だけでも頭ひとつ飛び抜けたクオリティとオリジナリティがあり、店主もずっと気になっていたアーティストのひとりでした。 徳間から出ていた作品も入手困難で、謎多き作家だったのですが、ご本人による楽曲解説なども付いているので、なかなかの充実した内容となっています。 00年代初頭に梅田NOONなどに通っていると必ず会えた、店主にとって初のアイドル体験でもあった、"DJぎゃさん"との作品など、てんこ盛りです。 今作を聴いていると、竹村延和のポップサイドの楽曲群にHYUの影響は大きいと感じましたし、不思議な入り組み方をしているにも関わらずきっちりpopといったところはRei Harakamiにも影響があったのではと思ってしまいます。 CD盤面 M-:Mint Minus 美品 ジャケット EX:Excellent 経年劣化があるも全く問題のない状態・良品